| 2002年度 採集記(海外採集編 -1-)
ボルネオ(Borneo Is.) ボルネオ島(カリマンタン島)は世界で3番目に大きい島(日本の面積の約2倍)であり、北部1/4はマレーシアとブルネイ王国、南部3/4はインドネシア共和国という3カ国から構成される。 今回訪れるのは、このうちのマレーシア領サバ(Sabah)州で、州都はコタキナバル(Kota Kinabalu)という。 ボルネオ島の大半はジャングル、つまり「熱帯雨林」で覆われており、年々、伐採により面積が減少しているとはいえ、人間の進入を阻む原始的で広大な自然がいまだに残されている。 島の最高峰は、サバ州の東北部にある「キナバル山(Mt. Kinabalu)」で、なんと4,101mもあるそうだ。他にも、2,000mを超えるピークが山脈をなし、かなりの標高差をもつ起伏に富んだ島ということになる。ちなみに、キナバル山を中心とする一帯は国立公園に指定され、現在「世界遺産」にも登録されている。 当然、様々な生物が生息しているわけだが、代表的な種類としては「オランウータン」や「サイチョウ(鳥)」が有名だ。その他、世界最大の花である「ラフレシア」や各種の「ラン(蘭)」、ウツボカズラなどの食虫植物も一般的に知られているところだろう。 昆虫に至っては、一体何種類いるのか把握しきれないほどらしく、毎年のように「新種」が発見されるという。少なくとも、クワガタでさえ100種を優に越え、私の好きなカミキリムシは軽く1000種以上はいると言われている。 う〜〜ん、ボルネオ関係のガイドブックや本を見ているだけで、思わず興奮してしまう...。 さあ、これ以上は採集記の中で追々触れていくとして、そろそろ本文を書き始めよう。
※ いち早く採集記をお届けしたいということもあり、現段階においては採集した昆虫の正確な同定は行っていません。詳細な採集結果は、後日まとめたいと思いますので予めご了承ください。 |
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2002.04.11 (Thu)〜 2002.04.15 (Mon) (ボルネオ島) Trus madi 山麓 |
外国産甲虫、灼熱の熱帯雨林@究極の「ボルネオ」 - 出国編 - ● 芽生え それは、相棒とのちょっとした会話だった。 『今度は海外ですかね』 「海外かぁ...、あはは、それも日帰りで?」 昨年の11月末、ちょうど長崎県へ「日帰り採集」をした帰りのモノレールの中で、互いに疲れ果てながらそんな話になった。 「でも、どこへ行くよ?」 『う〜〜ん、やっぱボルネオでしょう』 「ボルネオぉ?、だってシーズンは春だろ?、どうやって休みを取るんよ?」 『なんとかなりませんかねぇ...』
この時はこれで終わってしまったのだが、まさかそれが現実のものになるとは当時の我々には知る由もなかった。
● 行こう! 時は流れ、今年の1月。何気に本業が慌ただしく、ボルネオのことなどすっかり忘れていたある日、何かの雑誌にボルネオのオランウータンに関する記事が載っていた。 ああああ、ボルネオかぁ...。 やはり行けるものなら行きたいなぁ。 思い立ったが吉日、早速、翌日に相棒と再びボルネオのことを話すことに。すると、相棒はかつて利用したという採集ツアーの担当者に連絡をとってみるという。 相棒が前回訪れたのが5年前の97年5月であり、かなりの時間が経っているということで「行く、行かない」にかかわらず、最近のボルネオの状況を聞こうというのだ。 で、その電話によれば、年々ムシの数は減る傾向にあるそうだが、十分に楽しめるだけの採集はできるとのことだ。シーズン的には、4月が最適期のようだ。ちなみにボルネオでは、11月〜2月が雨季、3月〜10月が乾季らしい。 さらに、行くのであれば現地スタッフの手配をしてくれるとの確約も得られた。 ふ〜〜む、これは行くしかないなぁ...。 さあ、そうなるといつ行くのかということと、実際のスケジュール調整をどうするかということが最大の問題となる。 まあ、最適期が4月なのだから、時期に関して迷う余地はないが、そもそも1月の段階で4月の仕事の予定など分かるはずもない。そして、知っているかぎりで新年度早々の4月に長期休暇を取ったという前例はなく、職場の倫理上も許されることではないかもしれない。それも2人いっぺんに休むというのだから前代未聞だろう。 しかし、だからといって簡単に諦めてしまうのももったいない気がしてきた。「ボルネオ」という魅惑の地名が、目の前に吊るされたニンジンのように気持ちを煽る。 もう、行くという前提で周囲に根回しをするしかない。我々が「前例」になれば良いのだ。
よし、行こう!!
● 成せば成る さて、3月に突入した。 結局、それまでの間に幸運にも上司からの承諾が得られ、そのように配置を組んでくれるらしい。っしゃ、なんとか仕事に穴を開けない方向でスケジュールの都合がつきそうだ。 う〜〜ん、ボルネオ遠征がどんどん現実味を帯びてきたぞ。 さらに、周囲への根回しと並行して航空券を予約し、現地スタッフの手配も済ませた。なお、ボルネオの州都であるコタキナバルへは、成田からマレーシア航空の直行便(MH081:コタキナバル経由クアラルンプール行)が出ているため、それを利用することにした。閑散期のためか、正規の運賃でも往復5万円ほどと九州へ行くのと変わらないのが不思議である。 最終的に、使っていない休み2日間と、土日と、職場の創立記念日を強引にくっつけて、なんとか5日間を確保することができた。 ということで、出発は4/11(木)、帰国は4/15(月)ということに決定した。この予定だと、正味3日分の採集が可能になる。この期間は現地のシーズンど真ん中で、かつ「新月」を含むという絶好の条件なのだ。 ところが...、3月の半ばにツアーの担当者から現地スタッフとの連絡が取れない旨の報告を受けた。それを聞いて一瞬蒼くなり、マレー半島の「キャメロンハイランド」への採集に切り替えようとも思ったが、それもなんとか対応していただき、ようやくすべての手はずが整ったことになる。 いや〜〜、ここまでの道のりは長く険しかったが、やれば何とかなるもんである。マメに動いただけのことはあった。
いずれにしても、職場の方々、そして家族の深い理解に感謝したい。
● いよいよ出発 というわけで、4月上旬の神戸出張も順調にこなし、ようやくボルネオへ出発する日がやってきた。今思えばあっという間だったかもしれない。 午前7時に自宅まで相棒に来てもらい、私の愛車で成田空港へ向け出発した。 というのも、荷物がけっこう多いので電車に乗るのも気が重い。そのため、空港近くの駐車場に車を預けておくことにしたのだ。ちなみに、私が利用したのは20日間まで5,900円、無料洗車付きというものである。帰国時は到着ロビーまで自分の車を持ってきてくれるため、なかなかコンビニエントだ。
京葉道で若干の渋滞があったが、車を預けた後、ほぼ予定時間に成田空港へ到着できた。4月の中旬というのにけっこう混んでいる。 強いて言えば、昔は「空港使用料」を利用者個人で払っていたが、今は航空会社が払うことになったぐらいか。
少々の米ドルを両替し、出国手続きへ入る。
というわけで、デューティフリーショップにてタバコを1カートン購入(1,600円)し、いざマレーシア航空81便へ乗り込む。 日本にしばしの別れを告げる。
「行ってきます」
驚いたことに、最近の国際線は座席の正面に1つずつ小さな液晶モニターが据え付けられており、映画やニュースを見たり、ファミコンのゲームまでできるようだ。 写真はなんとか映し出すことができた「GPS」の画像。
現在どこを飛行しているのか、飛行速度、高度などが目の前で確認できる。
私も昔はダイビングを楽しむために、海外の南の島へは何度も行っているが、何分、ムシ採りで行くのは初めてだ。 飛行中、ガイドブックを見ると「マラリア」だの「治安」がいまいちなどネガティブな情報が載っており、これから始まる採集行への大きな期待と、初めて行く東南アジアの島に関する不安とが複雑に錯綜する。 果たしてジャングルで数日を過ごし、無事に生きて帰れるのだろうか? そんな私を知ってか知らぬか、隣に座る相棒は余裕の構えで居眠り中だ。 まあ、相棒は今までにボルネオ、ネパール、スマトラと海外採集をいくつか経験しているのだから当たり前か...。
さあ、あと10分でコタキナバル空港へ着陸だ。
ボルネオさん、こんにちは。
飛行機を降りると「むわ〜〜」っと生暖かい空気に出迎えられた。
う〜〜ん、南国だ。
しかし、ここで入国管理官(そこそこ美人)から突っ込みが入った。 ボルネオ滞在中はどこに泊まるのかを「入国カード」にちゃんと書け、というものだった。通常はホテルの名前を書けば済む内容である。 ところが今回滞在するのはジャングルのど真ん中だ。「住所」って言われてもねぇ...。
数分間の問答があったが、結局「I'm sorry, I don't know address in detail.(すいません、詳しい住所を知りません)」と言い続け、勘弁してもらった。それにしても「無理が通れば道理引っ込む」という感じであった。 段取りでは、現地スタッフが迎えに来ているはずだ。
しばらく見つけることができず、ちょっと焦ったが、なんとか合流することができた。
それにしても「蒸し暑い」。 現地スタッフのボスは、チュウ(Chew)氏という華僑系マレーシア人(と思う)であった。相棒のことを覚えていたようで、早速握手を交わしている。 さて、本日の予定はこのまま若干の物資を街で買い出しし、ポイントへ直行することになっている。つまり、今晩から灯火採集を行えるのである。 というわけで、ハイラックスサーフに乗り込み、一路、別の車へ荷物を載せ換えに行く。
現地の交通は日本と同じ「右ハンドル、左側通行」で、まったく違和感がない。 うわ〜〜、日本車だらけ、それもトヨタ車が人気のようだ。
日本車は、まさにアジアを席巻している。
どうもここから遠くに見える山「Mt. Trus madi(2,597m)」の麓へ行くようだ。
採集では有名なポイントらしい。
う〜〜ん、温い...。
ここで、さらに車高の高いピックアップにバトンタッチする。
チュウ氏によれば、本当にすごい道を走るのでこの車(向かって右)じゃないとだめらしい。
この後は、ガイド1人と料理長1人に我々のジャングル滞在の面倒を見ていただくことになる。
「よろしくお願いいたします」と握手して、山へ向け出発した。 道路脇の看板には、マレーシア語、中国語、英語が混じったものが多い。
多民族国家なんだなぁ。
今度こそ必要物資を買い出しする。
「どさっ、どさっ」と荷台へ積み込み、満を持してポイントへ向かう。
途中でものすごいスコールにも見舞われ、少々げんなりして居眠り...。 どれほど走っただろうか、薄暗い中、比較的大きな河川にかかる橋を越えたところで、「4駆モード」へ切り替えた。よいよオフロードへ突入のようだ。 が、ここからも延々とオフロードが続く。今度はかなり路面が荒れており、ガンガン頭があちこちへぶつかるため居眠りすらままならない。スコールが降った後でもあり、とても泥濘んでいるようだ。基本的には赤土丸出しの路面で、上り坂ではスタック寸前になる。なにしろ、車が横滑りし「金魚運動」のようにケツを振るので怖い...。 大丈夫? そこは手慣れた現地ガイド、「No problem」と、車がスタックしても絶妙なハンドル操作で乗り越えていく。非常に頼もしい。 個人的には、こうやって4駆って使うんだ、本来の使い道を目の当たりに見て、妙に感心してしまった。 結局、空港を離れてから約5時間もかかってポイントへ到着した。本当に1日がかりの移動であった。辺りはすっかり真っ暗だ。
ふぅ〜〜。 それも合計4張りもあるじゃないか。 これを順々に回って採集をしていくことになるそうだ。 さあ、どんなムシが来ているだろうか?
記載日:2002.04.16 |
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