2002年度 採集記(茨城県 カミキリ編 -10-)

木々の「息吹」

今までの採集経験を省みてみると、森林には明らかに季節ごとの「香り」がある。

私なりの解釈をすれば、冬季は特徴的な香りを感じないものの、春季には花と新緑のほのかな香りを、夏季には「むっと」むせ返るような草叢の香りと樹液の甘い発酵臭を、そして秋季にはひんやりとしたフィトンチッドの香りを感じることができる。

もちろん、これらは最も強く感じられる香りという意味であるが、なかでも私は春季から夏季にかけての森の香りが好きだ。それはムシ採りの季節と重なるからという単純な理由ではなく、むしろ長い冬の眠りから目を覚ました木々が、天に向かってぐんぐんと「生」を誇示していく過程で生じたまさに「純粋に自然を感じ得る」香りを発していると思えるからである。

個人的には、それらの香りが木々の「息吹(の集合体)」そのものなのではないだろうか?、と結論付けたくなってしまう。

いずれにせよ、その香りに力強い「生」を感じ得ることが、山へ何度も行こうという原動力の一助になっていることは間違いないし、一方でムシ採りの世界へ足を突っ込まなければ、一生感じることも考えることもなかった微細で尊い対象であることも確かだ。

というわけで、本日は「ブナ林の息吹」を大いに体で感じつつ、ムシを探してみたいと思う。



2002.05.14 (Tue)

茨城県 某所

   天気:晴れのち曇り
   気温:19.2 度
   風力:2(軟風)
茨城産カミキリ、山毛欅(ブナ)薫る山 編

● ようやく

5月も中旬になって、ようやく茨城のブナ林へ行く機会が訪れた。

と言うのも、それなりに遠路であるため東京に仕事を残してきているときなどは、どうしても選択肢から外れてしまうのだ。

今回は「万難を排して」という訳でもないのだが、採集らしいことができるだけの時間は確保できそうである。

それでは、出発するとしよう。


● 五月晴れ

いや〜〜、今日は天気が良い。

このところ「梅雨」のような天候が続いていたため、本当に貴重な晴れ間である。もうテンションの上昇を抑えることができない。

「むわ〜〜っ」とする暖かい風を受けながらブナ林への道をひた走る。

心なしかアクセルを踏む足も軽い。

林道の入り口付近では、このようにヤブデマリが満開を迎えていた。

我慢しきれずに何回か掬ってみたが、トゲヒゲトラカミキリのみであった...。


ミズキも徐々に開いてきているようだが、あまり派手なカミキリはネットに入らない...。


強いて言えば、ピドニア(ヒメハナカミキリ属)ぐらいか。

図鑑からはナガバヒメハナカミキリだと思うのだが、最近はいろいろ分類に変更があったようなので、資料に乏しい現段階では詳細な同定は不可能だ。


こいつも同様。


● 「スギ」なやつら

しばらく走っていると、民家脇に新鮮なスギの伐採木を見掛けたので、ちょっとだけ立ち寄ることにした。

うひゃひゃひゃ。

材の上では、ヒメスギカミキリが大発生中であった。

それはもう、数えきれないほどだ。


アリのごとく、すべての個体が右往左往。

交尾しながらも歩き回っている...。

[ Palaeocallidium rufipenne (MOTSCHULSKY, 1860) ]

しばしこいつらを観察していて面白いことに気がついた。

どの個体も樹皮上を這い回っているのだが、産卵している♀以外の個体は「木口(材の切断面)」の所には行かないようだ。つまり、材の切断端の部分まで這ってくると、そこでUターンするのである。配偶行動などに関係しているのだろうか?

その後も数分間、ヒメスギカミキリ達を眺めていたのだが、次の瞬間、材の間隙から突然とんでもないやつが現れた。

うああああ!!

なんだこりゃ?

瞬間的には何が現れたのか判別できなかった。

どきどきしながら、よ〜〜く見てみると...。


うっしゃぁ〜〜!


なんと、スギカミキリじゃないか。

ああああ、やっと茨城産と出会えた。


あああああ、めちゃくちゃ嬉しい。

これまでマメに行ってきた生木のルッキングにて彼らの痕跡こそ発見できたものの、ムシ自体の発見には至らなかったことを思い出す。

そんな苦い経験がここで一気に報われた気分だ。

[ Semanotus japonicus (LACORDAIRE, 1869) ]

ちなみに、スギカミキリはこの個体のゲットで通算2頭目(もう1頭は福島産)となるが、いずれも伐採木上で発見している。

本来なら加害木(生木)を探して、それらを丁寧に観察したほうが採集確率も高いのだろうが、私の場合はこの手の採集法にいまだ自信が持てないでいる。こちらは別途、さらなる経験を積む必要があるだろう。


● ブナ林

細い市道を折れてブナ林へ入る。

すると、林道の入り口付近にて、最近伐採されたと思われるカエデを発見した。

随分、中途半端な高さで伐採されている。

ん!、中央には太いヤマブドウまであるではないか。

まとめてぶった切られている状態である。


周辺には、ヤマブドウが多数生えている。

なんだぁ、茨城にもヤマブドウがたくさんあるんじゃないか。

今までまったく気がつかなかった...。

それはそうと、何かいないかなぁ?

おや?

カミキリムシかと思ったが、コメツキムシであった。

ヒメシモフリコメツキだろうか?

おおおっ、カエデの材上を何かが徘徊しているぞ!

捕らえてみれば...。

ふ〜む、シロトラカミキリか...。

一応、今季初。

[ Paraclytus excultus BATES, 1884 ]

ここでビーティングネットを車から取り出し、試しにヤマブドウのツルを中心に何度も叩いてみた。

が、ブドウ類をホストとする、アカネカミキリやシロオビチビヒラタカミキリは落ちてこない...。

今季初めて訪れるポイントのため、時季が早いのか遅いのかは不明だ。

さて、数メートル背後には、広大なソダ場が広がっていた。

細い広葉樹の枝や枯れた蔓性植物が、まるで「トグロ」を巻いているようである。

比較的新しいものと思われるが、ここはどうだろうか?


おおっ!

真っ赤な体色に視線を奪われてしまったが、その正体はベニコメツキであった...。

産卵中のようである。


むむむ、交尾中のアトモンサビカミキリ。

他に採るものもないので、とりあえずゲット。

[ Pterolophia granulata (MOTSCHULSKY, 1866) ]

適当に見切りをつけ、ブナ林の奥まで入っていくことにした。

う〜〜ん、なかなか素晴らしい。

ふと深呼吸をしてみると、確かに木々の「息吹」を感じることができる。

テンションを高める何とも言えない不思議な香りだ。


立派なブナも健在である。

今季初めて訪れるブナ林に思わず感嘆してしまった。

ここのブナ林は、完全な「極相林(ブナの純林)」ではなく、コナラ、カエデ類、シデ類など、様々な木々が生えている林だ。

そのため、生息するムシの種類も多いと思うのだが、どうだろうか?

採集準備を整えた後、枝道へ突入する。

陽当たりの良い場所に「白い花」を発見。

これは「ゴマギ(ガマズミ属)」というらしい。

ぱっと見は何もいない...。

駄目元でビーティングしてみると、何かカミキリムシのようなムシが落ちてきた。

何かと思えば、チャイロヒメハナカミキリ...。

ピドニア界の「いつものやつら」である。

実際、発生のピークには収拾がつかないほど大量に採れる種類だ。

[ Pidonia aegrota aegrota (BATES, 1884) ]

さらに奥へと歩き、別の花を観察する。

今のところ樹種は不明だが、林内にそこそこ見られる。

花びらのところに何か小さなムシがいるようだ。

遠目には「アリ」に見えるが...。


フタオビヒメハナカミキリであった。

チャイロヒメハナカミキリと同様に「いつものやつら」である。

どちらかと言えば、あまり陽の当たらない場所に咲く花に群がっている種類だ。

[ Pidonia puziloi (SOLSKY, 1873) ]

う〜〜ん、あまり代わり映えしないカミキリムシばかりである...。

少々テンションが下がってきたが、ここで視点を切り替え、マダラゴマフカミキリを探してみるとしよう。

このカミキリムシは学名に由来する「ポエキラ」という通称で親しまれている種類である。渋い模様を持つゴマフ系のカミキリムシで、けっこう人気が高い。

茨城県での記録はあるものの、このポイントではいまだ採集されていないようだ。

ということで、いるかいないかまったく分からないわけだが、これだけの植生があるのだから生息していてもおかしくないとは思っている。

探し方としては、コナラやシデ類の衰弱木や立ち枯れを丹念に見て回ると良いそうである。

ところが、私は今まで採集はおろか実物を見たことすらないので、すべてが初体験だ。ある意味、無謀な行動かもしれない。

まあ、ともかく探してみよう。

で、実際に林内を探索してみると、ターゲットとなるコナラやイヌシデはけっこう見つかるのだが、少なくともカミキリムシの姿はないようである。さらに、天気がちょっと曇ってきたのも気になる。

ふ〜〜む、やはりここにはいないのだろうか?

いずれにせよ、多産地で経験を積んでからにしたほうが良いかもしれない。勘所がまったくと言っていいほど分からない...。

というわけで、本日はここまで。

美しい渓谷美に別れを告げ、ポイントを後にした。


● エピローグ

久しぶりにホームグラウンドにて「採集らしい採集」を行うことができた。そして、ブナ林の「息吹」も十分に感じることができたと思う。

結果として特筆すべきものはなかったものの、多くの小さな発見が得られた採集行と言えるだろう。

無論、カミキリ採集2年生の私には、まだまだ採りたいカミキリムシが山ほどあるが、今は焦らず一歩一歩着実に知識と経験を積み重ねていくことに力を注ごう。

少なくとも茨城県においては、今後もこのような採集を地道に続けていきたい。


★★ 採集成績 ★★

アトモンサビカミキリ  2 exs.
[ Pterolophia granulata (MOTSCHULSKY, 1866) ]

シロトラカミキリ  1 ex.
[ Paraclytus excultus BATES, 1884 ]

スギカミキリ  1 ex.
[ Semanotus japonicus (LACORDAIRE, 1869) ]

その他、ヒメハナカミキリ属 数種数頭


記載日:2002.05.14
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