2002年度 採集記(栃木県 カミキリ編 -1-)

急遽、予定変更

いよいよ、本格的に今季の本命を追い求める時期がやってきた。

具体的には、昨年から思案を重ね、最終的に絞り込んでおいた「ターゲット2種」のゲットへ向け、全力投球する時期の到来ということになる。

当然、心も体も準備は万端。満を持して出撃するつもりであった。

ところが...、先週届けられたある一つの「採集報告」により、それがあっさりと覆されてしまった。そのメールは私にとって、それほど鮮烈な一報、いいや強烈な一撃であったのである。

迷うことなく、予定を急遽変更。この際、本来のターゲットなど後回しだ。

さあ、この暴挙が吉と出るか凶と出るか?

あとは「運」に賭けるしかない。



2002.07.14 (Sun)

栃木県 某所

   天気:晴れ時々曇り
   気温:27.0 度
   風力:3〜4
栃木産カミキリ、舞い降りる「流星」 編

● 一報

先週の土曜日の朝、自宅にてメールをチェックしていると、「生涯5つ星初採集できました」というタイトルに真っ先に目が留まった。

差出人は「Sさん」であった。

Sさんは、今年の6月上旬ぐらいからメール交換させていただいている方で、私も各地での採集報告をいつも楽しみにしていた。

このメールもそうだろうなぁ。タイトルからすると、今回はけっこういいカミキリが採れたのかな?、などと思いながらメールを開いてみた。

すると、かなりの長文であった。カタカナでいろんなカミキリムシの名前が書かれており、それらが浮き出て見えるのだが、起きてからすぐであったため断片的にしか頭に入らない。

とりあえず、私が採ったことのないカミキリの名前が幾つかあった、ぐらいの理解能力だ...。

しかし、これはちゃんと読まないと。ということで、一端コーヒーを胃袋へ流し込んで寝ぼけた頭をたたき起こす。

さて、改めて読んでみると、どうやら栃木県での採集報告のようだ。

ヤツボシ、ヘリグロアオ、ナカネアメイロ、クリイロシラホシなどなど、私の未採集なカミキリムシの名前がずらっと踊り、今回はそれらの大半をゲットできたようである。

栃木ってすごいな、今まで何度か通った南会津とはまた異なるカミキリムシが多数採れている。

う〜〜ん、羨ましい...。来季からは栃木を遠征のメインにするかな。漠然とそう思いながらスクロールダウンしていく。

ところが、最後の数行を読んだ段階で、「来季」が一気に「来週」へと変わってしまった。

なんと、あの「憧れ中の憧れ」のカミキリムシを見事ゲットしたと書いてあったのだ。

うおおおお、すごいぞ、栃木。そりゃぁ「5つ星採集」どころか、私など一生体験できないかもしれない「超弩級」の採集成果だ。

ううううううう、今からでも行きたい。明日の日曜日は晴れるようだし、もういても立ってもいられない。

しかし、しかし、しかし、この土日は諸般の事情にて出撃できないため、ここは涙を呑んでぐっと我慢するしかない。

結局、ドピーカンの日曜日を「東京」で悶々と過ごすことになった。

ああああ、今日も「憧れ」のカミキリムシはそこに飛んできているかもしれないのに...。


● 憧れ

そもそも、何をもって「憧れ」のカミキリムシなのか?

私の場合は「図鑑を見たときの第一印象」で決まってしまうことがほとんどだ。

もっとも、この辺りは主観そのものであり、うまい説明ができないが、例えば女性の(外見の)好みと同じで、とにかくぱっと見で好きかどうかが決まってしまう。

そのうち、そのカミキリムシに関する様々な情報が肉付けされ、ひとつの偶像のようなイメージが完全に出来上がってしまうのである。

さて、その後、Sさんから細かなポイント情報を教えていただき、あとは出撃するだけという状態となった。

普段なら「新規開拓」などと意気がったことをやっている私だが、この種類だけはちょっと別格であり、そんな悠長なことをしている心の余裕はない...。それ以前に、数日前に採れたという「スパイシーホットな情報」に目がくらんでしまったというのが正直なところである。

というわけで、今回はとことん「教えて君」に徹することにした。


● 後回し

冒頭にも述べたように、このシーズンは茨城への転勤などがからむため、絞りに絞ってある2種類の明確なターゲットが決まっていた。

その2種も文句なしにいわゆる「大物」と呼ばれる種類なのだが、それを「後回し」にするほどの格別なカミキリムシ。

人によっては、なんてことない種類かもしれないが、私にとってはネキダリス(ホソコバネカミキリの仲間)やピニボラ(オニヒゲナガコバネカミキリ)と同じぐらい「一目惚れ」したカミキリムシなのである。何にせよ、好きになってしまったものはどうしようもない。

ともかく、出撃までの1週間は、そのカミキリムシのことで頭がいっぱいになってしまった。


● ハセガワトラカミキリ

まあ、かなり強引に引っ張ってしまったが、そのカミキリムシとはずばり「ハセガワトラカミキリ」、略して「ハセトラ」だ。オニホソコバネカミキリ(通称ギガンティア)だと思っていた方はごめんなさい...。

古い資料によると、本種は基本的に北方系のムシで、かつては山梨県の大菩薩山嶺が多産地であったようだが、現在では数県で散発的な報告を聞くのみで、たくさん採れたという話は聞かない。もちろん隠れた名ポイントもあるのだろうが、私のようなど素人が知る由など1ミリもないのである。

ということで、まず一生採ることのない種類だと思い込んでいたわけだが、普段メール交換をさせていただいている方が採ったというのだから、状況と心境は180度一転するというものだ。

ところで、ハセガワトラカミキリに抱いている私のイメージを一言で述べるならば、ヤマブドウの枯れ蔓に舞い降りる「流星」ということになる。

♂では体長の2倍を優に超えるという、トラカミキリ族「最長の触角」を有する本種は、図鑑の標本写真を見ただけでも、その「流れるような」長い触角に魅力を感じざるを得ない。

「トラカミキリの仲間=触角が短い」という先入観をぶち破るそのアンバランスなスタイリングに心底しびれてしまうのだ。

特に触角中央部には白い1節があり、そこがまさに「流星」を連想させる。そして、スリムな体と渋い配色が相俟って、全体として「とてもエレガントなムシ」に仕上がっていると言える。

個人的には、私のハンドルネームの由来となった競走馬「シンボリルドルフ」の額にある小さな「白毛」と何故かシンクロしているのだが、まあ、それはどうでもいいか...。

ともかく、そんな意中のエレガントなムシが目の前に舞い降りてきたら、おそらく採る前に卒倒してしまうだろう。もしそうなったら、ある意味、ムシ屋失格かもしれないが...。


● 出発

さあ、いよいよ出撃の日がやってきた。

本日は日曜日であり、一家の主として本来なら家族と過ごす時間も考えなければならないところだが、今回ばかりは泣いてもらった。

少々大げさに言うならば「男の真剣勝負」なのである。どうしても自由の利く身で出撃したいのだ。

後ろ髪を抜けるほど引かれつつ、早朝、自宅を後にした。

今回の採集行は、情報提供者の「Sさん」ご本人、そして「相棒@夏休み」と現地にて合流する予定である。

この時間、道はガラガラであり、ストレスなく集合場所に到着することができた。

Sさんはすでに昨日からポイントに入っているはずなので、早速、Sさんの車を探す。が、一瞬にして見つかり、Sさんが中から出てきた。

まずは軽く挨拶を済ませ、これまでメールでは語り尽くせなかった話でいきなり盛り上がる。ムシ好きあるいはムシ屋というものは、世間話では口が少々重いが、ムシの話題がひとつでも出た段階で「爆発的&芋づる式」に会話がはずむのが面白い。

そして、昨日の成果も見せていただいた。

するとペットボトルの中では、ナカネアメイロカミキリ、ヘリグロアオカミキリ、ヒゲナガシラホシカミキリ、そしてなんとトホシカミキリまで、私の未採集あるいは長い間採れていないカミキリムシが「わさわさ」と動いているではないか。実物なので当たり前だが、とてもリアリティがある。

う〜〜ん、すごい...。

でも、これから行くポイントでそれらが採れるかもしれないと思うと、武者震いがしてきた。期待で今にも胸がはち切れそうだ。

そうこうしているうちに、相棒がボロボロになりながら到着した。オオクワガタを求め、昨年と同様に東北各県を単独で攻めてきたらしい。ちなみに、何を隠そう相棒も「隠れハセトラファン」の一人であり、今回合流することとなったわけである。

さて、時間はちょっと早いが、他にすることもないので、まずはそのハセトラポイントを見に行ってみる。

枝道へ折れ、先を行くSさんの車のハザードが点滅した。

むむむ、この辺りは今まで何度か通ったことがあるが、毎回素通りしてしまっている場所ではないか。こんなところにあったとは...。面倒でも、一歩踏み込んでポイントを探索する大切さを思い知らされた。


● けた外れ

ポイント脇に車を停め、いざポイントへ突入すると...。

うおおおお、これは凄すぎる。

直径15センチはあろうかという極太のヤマブドウの枯れ蔓が、立派なカラマツの幹に絡まっているではないか。

それにしても、こんな太いヤマブドウは見たことがないぞ...。

う〜〜ん、ここが本日の勝負の大舞台となるのか...。

この蔓の周囲には、神聖、あるいは荘厳な雰囲気さえ漂っている。相棒と私は、あまりの凄さに腰を抜かしてしまった。

早速、複雑に交錯する蔓の表面を舐めるように観察するが、まだ何も飛来していないようだ。

さて、このポイントはハセガワトラカミキリ以外にも、私の未採集種が多数採られている場所でもある。

どんな材が転がっているのかざっと見てみよう。

なるほど、これはすごい。

ちょっと見ただけでも、ヤマザクラ、ミズナラ、ハルニレ、シラカバ、ダケカンバ、カエデ類などの広葉樹、そしてモミ、アカマツ、カラマツなどの針葉樹。

雑多な伐採木が林縁に無造作に積み上げられている。


うひひひ、ソダも豊富にある。

もうよだれが出そうだ...。

昨晩降った大雨により、いずれの材も表面が濡れてしまっているが、びしょ濡れというほどでもなく、朝日を浴びてすでに乾きつつある材も見られる。

天気予報によれば、今日の日中は晴れるとのことなので、どんなカミキリムシがやって来るのか非常に楽しみだ。

いずれにせよ、「最強のポイント」に間違いない。

うむむ、外道はひと足早く活動している...。

甲虫の中でも、シデムシは生理的に受け付けないムシなのだが、このカラーリングなら、まあ許せる。


そして、ダイミョウコメツキ。

材に来ている姿を見るのはこれが初。

なんだか、オレンジ色のムシがやけに目に付く。


おおおお、本日初めて目にするカミキリムシだ。

枯枝の上にいたゴマダラモモブトカミキリ。

いきなり良い写真が撮れた。

[ Leiopus stillatus (BATES, 1884) ]

ああ、これはエゾサビカミキリ。

[ Pterolophia tsurugiana (MATSUSHITA, 1934) ]

さらに、別のソダにてクワサビカミキリをもゲット。

太く短くギザギザした白色紋が特徴的だ。

う〜〜ん、朝っぱらから順調なすべり出しである。

[ Monochamus grandis (WATERHOUSE, 1881) ]

伐採木のルッキングも一巡したので、最初のヤマブドウへ戻る。

すると、相棒が「ここにいますよ」と一点を指さしている。

っしゃ〜〜!

アカネトラカミキリだ。

雨露に濡れ、可愛い。

無論、未採集種。

[ Brachyclytus singularis KRAATZ, 1879 ]

おそらく、飛来したというよりは、樹皮下に隠れていたものがはい出してきたのだろう。

そして、剥がれた樹皮にしがみつく、美しいカミキリムシを発見。

うっしっし、アカネカミキリ。

アカネトラカミキリと並んで、ヤマブドウに集まる代表種である。

初めて実物を目の当たりにするが、けっこう「いいカミキリムシ」だ。

[ Phymatodes maaki (KRAATZ, 1873) ]

ということで、ヤマブドウなカミキリムシ@初採集を2種、難なくゲットできてしまった。

そして驚いたことに、なんとヤマブドウにピドニア(ヒメハナカミキリの仲間)まで飛来してきた。

これは最大種のオオヒメハナカミキリ。

何頭か来ているので、もしかしてヤマブドウもホストなのかな?

[ Pidonia grallatrix (BATES, 1884) ]

その後、これまでゲットしたカミキリムシを数頭ずつ追加し、とりあえず目新しい種類がいなくなった。

相棒と私は朝飯を抜いていたため、血糖値がゼロに近い。この辺で腹ごなしをしておくことにした。

また、Sさんがナカネアメイロカミキリを採集したという「ハリギリ(センノキ)」もついでに見に行こうということになった。


● ナカネアメイロカミキリ

車でハリギリのポイントまで行ってみる。

ナカネアメイロカミキリは、先日茨城県のクリの花にて採集したアメイロカミキリに似ているが、体長はせいぜい5ミリほどと小さく、体色はより「べっ甲飴色」が強い種類である。

基本的に、ハリギリの大木にその生活を依存しており、日中は樹幹表面を忙しなく徘徊しているらしく、いわゆる「御神木」と言われる木では、大量に得られることがあるそうだ。

これがその「御神木」。

ハリギリはウコギ科に属し、その葉はヤツデのように「手掌様」なのが特徴的だ。

幼木や細い枝には、同科のタラノキのごとく、トゲがみられる。

さあ、ナカネアメイロはいるだろうか?

3人で御神木を囲むように樹皮を眺めていると、Sさんが「るどるふさん、あそこにいますよ」と教えてくれた。

おおおおお、約2メートルほどのところに止まっている。

確かに美しいアメ色で、遠くからでも非常に目立つ美しいカミキリムシだ。

[ Obrium nakanei OHBAYASHI, 1959 ]

一度目に付くとあとは楽勝で、次から次へと見つかる。

さらには、葉の裏にも何頭か止まっているのが分かる。

樹皮の溝に埋もれながら産卵場所を探す♀。


比較的動きは速い。


なんとなく、その動きはアカマツの樹皮に見られるケブカヒラタカミキリ(ノトリナ)にも似ている。


ぐいぐいと産卵管を奥へ差し込んでいる。


産卵ご苦労様です。

ここで、一端、昼食を挟む。

すぐ近くに食堂があるため、とてもコンビニエントなポイントだ。

さっさとメシを平らげ、再び御神木へ。

へっへっへ、いるいる。


至る所でナカネアメイロがはいずり回っている。


別角度から。

御神木を見上げてみると、葉に数頭止まっているは、上から降りてくるのがたくさんいるはで、はっきり言って収拾がつかない。「いる所にはいくらでもいる」、そんな感じだ。

ただ、生態的には本当に面白い光景で、これはこれで大変勉強になった。採り方を教えてもらわなければ、なかなか出会えないカミキリムシの典型例だろう。

さすがにお腹いっぱいになったので、周辺のミズナラへ視点を移す。

ここのポイントでは、ミズナラ大木の樹皮上で、クリイロシラホシカミキリが採れるというのだ。

ただ、ものすごい数...。

とりあえず、ざっと見回ったかぎりでは、1頭も発見できず...。

あまり粘っても仕方ないため、午前中のヤマブドウへ戻ることとなった。

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