るど的標本作製 覚書


甲虫標本の作製

これまで私が行ってきた「標本作製」の流れを、初心者なりにまとめてみました。

もっとも、マニュアルと言うにはほど遠く「私はこんな作り方をしている」程度の内容で、言わば初心者から初心者へのメッセージ的なものです。

我流のつたない一経験の紹介に過ぎませんが、幾許かの参考になれば幸いです。


  るど的甲虫標本作製法

はじめに

一般的に採集へ行けば行くほど、それに比例して標本の数は増加する。

私も当初は調子に乗って出会うムシのほぼ全てを採集していた。もちろん採集をやっている人なら誰しもそのような時期は経験するだろうし、逆にそのような時期もなければ趣味として面白くないだろう。

しかしながら、最近は後々の管理のことを考え、採集するムシの数を必要最低限にとどめるようになってきた。やはり一個人で趣味の一環として管理できる標本の数には自ずと限界があるし、相手が生物である以上、管理能力を越えることが容易に予想されてまで行う殺生に抵抗感が芽生えてきたことも大きい。

例えば、ある種類10頭を10ポイントで採集すれば、それだけで100頭になってしまう...。

ということで、現在は未採集種や県初記録などの貴重な個体は楽しみと記録を兼ねて問答無用で採集するが、既採集種に関しては各未経験エリアでせいぜい数頭程度といった状況である。

なお、現地でムシが爆発的に大発生している場合は、破損したときの予備や友人にプレゼントする目的で多数採ることもあるが、それでもかなり大目に見積もって20頭がいいところなのではないだろうか。もちろん、採集数に関しては各自の考え方や価値観、利用目的もあるだろうから、一概に言えることではないし押し付けるつもりもない。

いずれにしても、たかがムシとは言え、自らの手で殺めた命が堆く積まれたタトウの中で何の活用もされず「死蔵標本」として埋もれていくのはとても忍びないと思うようになってきた。

ということで、最低限の手間を施して標本箱へ整理しておけば、いつでも気軽に閲覧できるし、少なくともタトウ内死蔵よりは良いのではないかと、今までの未整理標本を見直そうと思い立った次第である。


殺虫方法

かつては採集したムシを飼育した後、自然死を待って標本にすることもあったが、この場合は体が固くなるため展足時に破損しやすいし、標本箱へ入れた後にカビや腐敗に見舞われる頻度も高かった。

そのような苦い経験から、現在では標本としてムシを残す場合は、展足のしやすさや防腐処理の観点から薬品を使用して早めに〆ることにしている。これは、生体の各パーツが経時的に破損する危険性を回避することにもつながる。

せっかく標本にするのだから、せめても綺麗な形で残してあげたい。

殺虫する際に使用する薬品には「酢酸エチル」「亜硫酸ガス」などいくつかあるようだが、私は使い勝手の良さからもっぱら「酢酸エチル」を用いている。

どの種類にどの薬品を使用すべきかは、現在一層の経験を積んでいる最中であり、少なくとも今ここで書ける立場にはない。

酢酸エチルは大きな薬局や「甲虫文献六本脚」などから購入可能だが、その際には使用目的の明記と使用者の記名押印が求められる。

密封できるビンを用意し、中にティッシュペーパーを2〜3枚丸めて入れ、そこに酢酸エチルを1mlほど注げば毒ビンが完成する。

ビンは専用のものを売っているが、私はジャムの空きビンなどで代用している。

タッパーなどポリプロピレン樹脂製のものでも通常は大丈夫なようだ。

経験的に、酢酸エチルの液体そのもので殺虫すると体色の不可逆的な変色を来すことがあるため、揮発した「蒸気」で行うことがポイントかもしれない。種類によっては「浅〆め(=短時間でビンから取り出す)」が有用な場合もある。そうすることにより、大半は変色を避けることができるようだ。

例えば、ルリボシカミキリやハンノアオカミキリにおいて、酢酸エチルへ漬け過ぎてしまったため、色がくすんで汚れのようになってしまったことがある。また、ニセヤツボシカミキリでは、真っ黒になってしまった...。

丸一日経てば概ね死後硬直がおさまり、関節部が柔らかくなるので、引き続き展足を行うこととなる。この際、一度に展足しきれない場合は、ビンに入れたまま冷蔵庫にて保管しておけば、柔らかさを保っておくことができる。

万が一固くなってしまった場合は、水蒸気や薬品を用いて「軟化」することになるが、私はなるべく一度にすべての採集個体を展足するようにしているため、今のところ軟化を行った経験はほとんどない。

強いて言えば、固まったムシを適度に水で濡らしたティッシュとともにタッパーの中へ入れて密封した後、室内に1日ほど放置したら柔らかくなったという経験があるぐらいだ。

いずれにしても、そもそも破損しやすく細かい作業が必要な小型種は、体の柔らかいうちに優先して展足した方が良いと思われる。


展足およびタトウ

ムシの展足方法にも各種あるそうだが、私はカット綿の上にて各部をピンセットや毛筆を用いて整形するのみであり、特別な工夫はしていない。

整形に関しても、図鑑の標本写真などを参考に脚や触角がなるべく左右対称に格好良くなるよう心がけている程度である。

唯一気を使っている点は、再同定の際に各部を観察しやすいと思われる形に整えるぐらいだろうか。

市販のカット綿。


で、出来上がり図はこんな感じ。

う〜〜ん、私は展足下手...。

これをタトウに包んで保存することになる。

以前、日記でも紹介したが、タトウの作り方をここでもう一度掲載する。

カット綿をB4のコピー用紙などの上に乗せる。


上下を畳み、


左右を畳んで、どちらか片方の端をもう一方へ挟み込めば完成。

これ以外にも、小型種の場合はMOケースをプラタトウとしてよく使っている。

その後、乾燥剤とともにタッパーなどの密封できる容器へ入れておく。


その図。


MOケースの場合。

展足してしばらくは、虫体の乾燥とともに縮んで変形する場合もあるので、マメにチェックした方が良いと思う。

が、忙しい採集シーズン中に多数の展足をした場合などは、追加の整形を忘れがちである@私...。

まあ、どのような形であれ、自分なりに統一しておけば標本箱に並べたときに見栄えが良くなる。


脱脂(油ヌキ)

種類によっては、時間の経過とともに体内の脂肪成分が表面へ滲出し、テカテカになったり変色を来したりするため、美しくない。

三角台紙に貼り付けた標本では、接着剤が油分によって剥がれ、ムシが落下してしまうこともあるそうだ。

そのため、有機溶剤であるアセトンを用いて脱脂処理を施したほうが良とのことで、今回私もそれを行ってみた。

ざっと自分の標本を見た感じでは、大半の材採個体と、ヒメオオ・アカアシ・オニの各クワガタ、マルクビカミキリ系、オオアオカミキリ、ミヤマカミキリなどに油分の滲出が目立った。

タトウに滲み出した油分(矢印)。

このようなタトウを、いくつかまとめてアセトンへ漬けることになる。


その下準備として、このように四隅をカットしておくと良い。


こうすると、そこからアセトンが出入りしやすい。

データを書き込む場合は「鉛筆」がお勧めだ。

ボールペンなどの油性のインクでは、最悪、溶けて消えてしまう。


ここへアセトンを注ぎ込む。

使用する容器については、経験上ポリプロピレン樹脂製でも大丈夫なようである。

もちろん、蒸発するため密封できる容器でなければならない。


これがアセトン。

漬けておく日数に関しては、経験が少ないため何とも言えないが、概ね1〜2日も漬けておけば十分なのではないだろうか。

アセトン入り容器@脱脂中の保管にあたっては、直射日光の当たらない風通しの良い場所に置いておくのが無難だろう(私は換気扇を回したトイレの中)。

ピンセットなどでタトウを容器から取り出し、コットンにしみ込んだアセトンを完全に蒸発させれば、脱脂作業は完了である。

なお、脱脂後の個体は油分を失った分、硬くなり破損しやすいので注意が必要である。私は数個体壊してしまった...。

いずれにしても、アセトンは揮発性・引火性の高い溶剤なので、扱うときはベランダなどの「屋外」で、かつ「火気厳禁」で行うことが大原則であろう。

かなり気をつけていてもアセトンの蒸気を吸わないでいることは不可能なため、長時間の作業はやめている。

上記の脱脂処理を数回繰り返すと、溶出した油分により、このようにアセトンが褐色となってくる(新品は無色透明)。

古いアセトンを交換する場合、少量の場合は自然蒸発でも良いと思われるが、量の多い場合は、専門処理業者に引き取ってもらうなどの配慮も必要だろう。


ラベル

標本には「いつ、どこで、だれが」採ったかという情報を付記しないと、その利用価値はほとんどないと言われる。とくに学術的な資料としては何の意味も持たなくなるそうだ。

「学術利用など私には無縁だ」などと言わずに、やるからにはきちんと作っておこう。

ムシの名前は後々変更される場合もあるので、私は最低限、日付、場所、採集者を記載したラベルを付けておくことにしている。

ラベルの作成には、エクセルなどの表計算ソフトを利用すると簡単かつ便利である。


それをケント紙や画用紙に印刷して出来上がり。

1枚1枚、ハサミなどで切って使用する。



マウント

上記の準備がすべて整ったら、いよいよ標本のマウントである。

この場合、ある程度の大型個体なら直接針を刺し、小型の個体は三角台紙へ貼り付けている。

まずは、マウントに必要な備品を下に列挙する。

標本針。

もっぱら志賀製「有頭針」を用いている。

大型甲虫を補助的に脇から固定する場合(回転やズレを防止)には、無頭針を使うこともある。


号数(太さ)ごとにケースへ入れておくと便利だ。

00号が最も細く、0号→6号と順に太くなる。

私は3〜5号をよく使う。


三角台紙。

針を刺せない小型のムシを貼り付けるためのもの。

市販品(紙製、セルロイド製)もあり、専用のパンチャーも売っているようだが、私はラベルと同じ用紙を自分で切って作製している。

同定の際に腹側を観察する必要のあるムシは、透明なセルロイド製が良いのかもしれないが、私は未経験である。

接着剤。

各種の接着剤があるが、私はこの木工用ボンド派。

ムシを台紙に貼り付けることはもちろん、標本の修理にも使用できる。

何しろ「やり直し」が可能な利点がある。

言うまでもなく、修理の際には瞬間接着剤もあると吉。
平均台。

ムシやラベルの高さを揃えるための道具。

高さを統一しておくと、標本箱へ並べたときの見栄えがぐっと良くなる。

そして、標本箱については、何と言っても気密性の高い「ドイツ箱」がベストだと思う。

高価なのが難点だが、湿気とお呼びでないムシ(ヒョウホンムシ、シバンムシなど)をシャットアウトし、標本をより良い状態で保管できる。

私は大型サイズで6cm厚のドイツ箱を通販などで購入している。ただ、外国産のカブトムシはフタが閉まらないこともあるため、もう少し厚いタイプが必要だろう。実際、ボルネオ産のモーレンカンプオオカブトを入れたらフタが閉まらなかった...。

また、最近は中へ入れる小箱や仕切り板なども売られているようだ。

あとは発泡スチロールの板ぐらいだろうか。ムシに針を刺すときの下敷きとして使用している。家電製品などの梱包用で十分である。

さて、実際の針刺しだが、最初に大型個体の場合を紹介する。

発泡スチロールの板上にムシを腹ばいにして置き、右上翅の中央よりやや上の位置に針を刺す。

非常に上翅が硬い種類では、初めに3号程度の針で回しながら(キリの要領で)根気よく穴を開け、その後4〜5号針で刺すとうまくいくことが多い。

力ずくで無理に穴を開けようとすると、勢い余って触角や脚を折ってしまうことがあるので注意する。

慣れないとなかなか難しいが、縦横2方向から見て、どちら側からもまっすぐになるよう刺すのが理想的。

一度に何頭も刺していると親指が痛くなるので、裁縫の時に用いる「指ぬき」があると便利である。

針が刺せたら、平均台で高さを整える。

高さの調節は、「背中」で合わせるのがポイント。

腹側で合わせてしまうと、標本箱へ並べたときに凸凹となり統一感が失われる。


そして、ラベルの高さを合わせて完成。


最後に標本箱へレイアウトする。

並べる順番に関しては、各自の好みで良いのではないだろうか。

バランスよく、格好良く並べよう。


次に、三角台紙へ貼り付ける場合を紹介する。

二等辺三角形の頂点に木工用ボンドを付ける。


体長2センチ程度の個体の場合は、こんなものだろうか。

あまり付けすぎるのもよくない。

そして、ピンセットなどでムシを載せ、ボンドが乾かないうちに向きを微調整しておく。

この際、縦にするか横にするかは好み次第である。

私は横で統一しているが、縦にしたほうがより詰めてレイアウトできるため、標本箱のスペースを有効に使える。

なるべく太めの針でこのように刺す。

と言うのも、あまり細い針だと台紙との固定がいまいちで、クルクル回転してしまうことが多く、ムシの重さにも耐えられないからだ。

ズレや回転が生じるときは、針と台紙を木工用ボンドなどで固定する。

ラベルを付けて完成。


レイアウトするとこんな感じ。

ということで、作製方法に関してはここまで。


標本の管理

せっかく作製した標本なので、適切な管理を行い、いつまでも良い状態で保管したいものである。きちんと管理すれば、半永久的に保存できるとも聞く。

実際の手間としては、年一回ほどの防虫剤、乾燥剤の交換ぐらいだろうか。

ちなみに、私はドイツ箱メーカー推奨の「ミセスロイド」を使っている。

乾燥剤はとくに使用していない。


このように隅へ針で固定しておく。

この防虫剤は薄いため、場所を取らなくて良い。

標本のカビに対しては、酢酸エチルを筆で塗り付けているが、まったく再発しないものと、それでも再びカビの生えるものとまちまちである。

まあ、私は現在10箱程度しか所有していないので、今のところ大した手間ではないが、自分のずぼらさを考えたら、どんなに増やしても20箱が限界だろう。

そもそも標本箱をしまっておくスペースが無い...。


標本との別れ

さて、このようにして作製、管理した標本とも、いつかは別れがやって来る。

それは、興味が無くなったり、引っ越しであったり、健康的な問題であったり、様々だろうが、単に邪魔になったという理由だけでそのまま捨ててしまうのはやはり忍びない気がする。

全てではないにしても、中には貴重な標本があるかもしれないので、可能ならば専門家に尋ねてみたり、一部を地元の博物館や学校へ寄贈したり、同好者に譲ったり、何らかの方法はあるかと思う。

一時は情熱をもって取り組んだ結果の集積なのだから、それなりの活路を見いだしてあげたいし、そうすることが失われたムシの命に対するせめてもの供養なのではないだろうか。

素人ながら、最近はそんな風に思っている。

おしまい...。

【謝辞】
これまで標本作製に関し様々なアドバイスをいただいた諸先輩方に、この場を借りて御礼申し上げます。


記載日:2002.10.11
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